2011年2月4日金曜日

通勤復路(2月3日節分)

ちょっと違う道で帰ってみた。高速沿いの整備用道路は起伏が激しくてかなり疲れた。知らない道を登ってみたが方向が違って2度ほど引き返した。和仁会病院の裏手の道路はすさまじい斜度でちょびっと歩いた。旧長崎街道を抜けて、日見峠を越えた。日見トンネルの手前で偶然kouseiさんの車に出会って立ち止まって少々話しをした。二日でフルの距離を走るとくたびれた。GarminFR310XT記録

2011年2月2日水曜日

わくわく通勤生活

5時に起きてらんらんらん♪ 久しぶりの通勤ラン。
GarminFR310XT記録

2011年1月10日月曜日

第30回いぶすき菜の花マラソン(2011年1月9日)

正月早々、今年もこのイベントで幕を開けることになった。昨年は独りで自走したのでくたびれたが、今年は長崎在住のkouseiくんと共に鹿児島まで自走することになってかなり楽だった。1月7日は職場の新年会があり、もつ鍋、中華を食べて24時近くまで呑んだらしく最後はよく覚えていない。1月8日はkouseiくんのメールで目覚めると既に7時40分。フラつきながら準備を済ませ、8時45分位に慌てて出かけたが、Garminのリストウォッチを忘れたことに気づき、バイパスを折り返して戻り、結局9時30分頃の出発となった。フェリーは使わず、熊本まで走り、昨年と同じく、昼食は土橋塾指定飲食店の「インド食堂」にお邪魔した。ご主人はインドに出張中であり、ヲヘコさんと、もう一名の女性が厨房に入っていた。ひよこ豆のカリーを食べて、チャイを飲んで再出発。益城から高速に戻り鹿児島へ。おそらく数十年に一度の鹿児島積雪で、指宿スカイラインの路肩は雪が相当積もっていた。16時頃会場に到着し事前受付を済ませ、指宿シーサイドホテルにチェックインした。会場では年末に性が変わった、否もとい、姓が替わったばかりのざぼん嬢に遭遇、新年の挨拶ができた。




温泉につかり、マイクロバス組の到着を待ち、19時から夕食。ビールと焼酎とスパークリングを飲んで遅くまでイワイのみんなと歓談し、12時過ぎころ就眠。飲み過ぎだった。翌日は5時45分ころ起床。6時過ぎて朝食。2杯食べて、2回出して軽量化。8時40分頃にスタート地点に向かい、予想タイム3時間30分ー4時間くらいの位置に、ナイトライダー氏、kouseiくん、僕と、土橋塾3人揃ってスタートを待つ。9時に花火と共に出発。7分台でゆっくりスタート。その後、5分後半から6分で刻んで、傷まないよう、頑張りすぎないように走った。風が強く、気温は朝より下がり、小雨もぱらつき、長袖でもかなり寒かった。25km位からは足が出るのがやっとこさの感じとなったが、今回は余力を残しつつセーブして走ったこともあり、停まることなくなんとか走り切る事が出来た。最後はスパートする元気なく、残り1kmのみ少々ペースアップしてゴール。4時間13分だった。ナイトライダー氏は4時間11分で大幅な記録更新をして、来月の東京に備えた。kouseiくんは、初めての指宿にも関わらず3時間58分でSub4を達成。ざぼんさんは、レフコのメンバーと走ったようだ。どうやら5時間切ったらしい。

温泉で汗を流し、14時45分頃には早々に撤収。スタート地点周囲の混雑を回避し、裏道を通って指宿スカイラインへ。高速を交代しながら運転し20時10分には長崎入りした。清香園で焼肉、ビールで打ち上げし、傷めたタンパク質を補って眠りについた。3時頃一回目が覚めたが、二度寝して8時30分頃起床。職場について、仕事してからこの日記を書いたところ。少々ロボコップ歩行。今日の夜は、小浜のハーフロードレースを走っているS介くんと、またしてもkouseiくんと合流し3名で、打ち上げヤンロン(陽龍)だ。

指宿その他の写真




2010年12月14日火曜日

雲仙市湯・YOUマラソン大会20km(2010年12月12日)

前日土曜日から、夏の雲仙ヒルクライムのときと同じ「雲仙荘」に泊まりこんだ。夕食はまたもや豪華な料理内容で腹一杯。今回は珍しくOkuくんはビール2杯と焼酎お湯割り1杯で終了。それに合わせるようにビール2杯と焼酎1杯で同じく終了。21時から寝た。夜中は2時50分頃から目が覚めて、また寝るのに大変だった。









朝、8時から遅めの朝食。これはせめて7時からにしてほしいものだ。9時45分頃、集合し、やや胃もたれを残しつつ、また最近あまり走ってなかったので重めの身体で10時スタート。実業団に混じり最前列からスタートした。最初は4分後半-5分前半台で刻み、後半に少しペースアップするつもりだったが少々左膝痛のため同じペース、最後の2.5kmに小スパート。結局、1時間37分54秒、88位/200人でフィニッシュ。Okuくんはかろうじて浮世親父を抜いて1時間31分33秒くらい49位、浮世親父さんは1時間33分台、66位だった。(エイドは7km地点、14km地点の二箇所)AvePace 4'52"/km、BestPace 3'59"/km, AveHR 155, MaxHR 171, AveRunCadence 93。

走り終わってから足湯につかって、温泉に入って、豚汁食べて長崎市内に戻った。夜は「浮世」で宴会。浮世親父さんの心意気で美味しいものをたくさん食べさせてもらった。生後1ヶ月の女の子も参加。O田女史の誕生日もありスパークリングを開けた後、ビールに日本酒、焼酎を楽しんだ。写真はO田女史の撮影分を頂いた。みなさん、いつも楽しい宴会をありがとうございます。



2010年11月22日月曜日

第5回天草マラソン(2010年11月21日)



11月20日土曜日、午前中の仕事を終わらせて急いで待ち合わせ場所へ。Okuくんの車で出発。西町、長与を回って、今回一緒に参加するOGS, HRS両選手と合流し、一路口之津へ。今回、茂木からのフェリーは時間が合わず、口之津-鬼池フェリーで天草入り。本渡に行きがてら、コースの下見をして、事前受付を済ませた。その後18時から早速夕食へ。いつもの「入福」で、豪快な刺身盛り、辛味噌つきの地鶏、豚バラなどを戴き、ビール、焼酎で撃沈して、帰りにはマクドナルドによってハンバーガー、コーヒーを仕込んでホテルへ。しばらくOkuくんと焼酎を飲んでから23時前ころには就眠した。

11月21日日曜日は午前5時起床。6時に朝食を食べに行ったが、既に満員で混んでいた。3杯のごはんを平らげ、部屋に戻って入浴。8時にチェックアウトして、スタート会場へ。天気は快晴、気温は朝で15℃、昼には20℃まで上がるとのこと。服は、ノースリーブインナーの上に、いつもの半袖土橋塾サイクルジャージ、下はランニング用短パン、五本指ソックスに、靴はこないだ購入したAdizero age。

スタートは目標時間順に並び、9時にスタート。ゆっくりめの6分-6分半/kmで走る予定だったのだが、周りのペースにつられて、ついつい速くなっていき、結局5分前半/km、1時間50分でハーフを終えてしまった。真昼の暑さで足がツル人続出。途中は梅干3個ずつ補給して走った。で、23kmくらいから徐々に失速し、35kmまではなんとか頑張ったのだが、35.8km地点から約1km歩行。その後やや復活したのでまた走り始めてあとは最後までなんとか6分台をキープ。残り2km地点くらいでOkuくんが見えてきてパス。Okuくんはどうやら右膝を傷めたらしい。結局、最低目標の4時間20分ちょうどくらいでゴール。だめじゃこりゃ。ああきつかった。いつヤメようかと考えながら走った。最後の方にエイドが比較的多く配置され、エアサロンパスも準備してくれていたので助かった。Okuくんはふるわず、前回の3時間50分から大幅に遅れ4時間29分。オグ-ヒロ両選手は5時間15分と19分くらいだった。

Garminによると、42.58km, avg pace 06:07min/km, best pace 04:48min/km, Cadence 89, avg HR 142, MaxHR 168、Elevation Gain 301m

写真は撮ってない。温泉で汗を流したのち、帰りのフェリー乗り場、富岡港にてのみ。みんな疲れた。帰宅後、洗濯機を回しつつ、焼肉大阪屋へ。泡盛、ビールと、肉をたらふく食って補給したが、久しぶりの霜降り牛肉に翌朝胸焼けした。

疲れたけど、これで今年は3月のサイクルマラソン、5月のトライアスロン、11月のフルマラソンと3回の天草グランドスラム達成した。






2010年11月6日土曜日

長崎大村湾-外海160km(2010年11月3日 文化の日)



前日はかなり遅くまで飲酒し、帰った時間はわからない状態だった。







朝は8時過ぎて起床。慌てて準備して、早くから起きていたOku君に連絡し集合。9時スタートとした。気温は11℃で低め、日中も上がらないとの予報。ジャージはいつもの土橋塾ジャージ上下、ウインドブレーカー携行、アームカバー、レッグウォーマー装着とした。浜の町を出て、日見峠を越え諫早から大村湾沿いを抜けて、東彼杵へ。途中ファミリーマートで補給、昼食は彼杵-川棚間の蕎麦屋で梅干蕎麦とカツオおにぎり、Okuくんは葉ワサビ蕎麦と梅おにぎりを食べた。ボトル1杯分の水も戴き出発。ややペースを落としつつやがてハウステンボスに到着。橋で待てども待てどもOkuくんが到着しないので電話をしてみるとJRハウステンボス駅前でパンクしていた。戻って修理を手伝った。一度組んで、また空気が抜けるので外してみてみると新品のはずのチューブに穴が。きっと組むときにリムかビードにはさんだんだろう。ちょうど購入したばかりだったParkToolのパッチを当てて再び組むと、今度はバルブ周囲に噛み込んでビードが落ちないので、再び組みなおして結局30-40分ほどかかって修復。CO2ガスボンベは本当に楽だ。

そこからややペースを上げ、西海橋を渡り道の駅「さいかい」へ。斜度13-14%の坂は応えた。みかんドームで生搾りみかんジュース(280円)を飲んだがすごく美味かった。みかん5-6個を搾ってコップ1杯がとれる感じ。甘かった。アンパンも食べて、水の補給も済ませ再び出発。山の北側を下るのでとても風が冷たく寒かった。大島手前で南へ向かい、東シナ海を右手にみながら外海の旅。ここからアップダウンの連続。大瀬戸を通り過ぎた頃、電話が鳴ったので一度止まって、ついでにみかんドームで仕入れておいたジェルのQooを1個ずつ食べたがこれまた美味かった。子供用のジェルも仲々良い。

その後は道の駅「ゆうひが見える丘公園」までノンストップ。かなりくたびれた状態で到着。夕日にはやや早かったがかなり綺麗で壮大な水平線を眺め、アンパンを補給し長崎へ向かった。かなりのアップダウンを繰り返し、最後はインナーのみでも良いくらい足がヘタっていた。式見から福田に抜ける頃にはちょっと暗くなり始め、女神大橋に着いた頃にはかなり暗くなっていた。Okuくんの自転車は尾灯がなかったので新戸町からはしばらく安全な歩道を登り、下りになってから車道に復帰。長崎丸山には17時50分頃の到着だった。総走行距離158km、走行時間7時間19分(実走行時間6時間33分)。獲得標高2085m。ジェル4個、アンパン3個、みかんジュース1杯、蕎麦1杯、おにぎり1個、水ボトル3.5本。トイレ1回。

最後に外海のアップダウンを持ってくるとツラいだろうなと予測してはいたが、考えていた以上にきつかった。日曜日にハーフマラソンを走って間もない3日後だったのも効いているのかも。最後は二人ともほぼハンガーノックに近い状態でへとへとに疲れていたので、シャワーを浴びて速攻で、しかし足取りは重くフラフラしながら中華居酒屋「陽龍」へ向かい、たらふく食った。疲労はやや回復した状態で21時には就眠した。

長崎大村湾-外海160km その他の写真

ちなみに同日行われたチームドラゴンなどの五家原岳ヒルクライムでは、同僚のK森さんのタイムが1時間06分、最速タイムは53分だったそうだ。

*外海(そとめ)、彼杵(そのぎ)、東彼杵(ひがしそのぎ)

2010年10月31日日曜日

2010長崎ベイサイドマラソン(2010年10月31日 日曜日)










今日は長崎ベイサイドマラソン(ハーフ)だった。台風は関東にそれた。気温は高めで19-20℃。今年の招待選手はスペイン セビリアのマラソンで2位を記録した市橋有里選手、アトランタのパラリンピックフルマラソン優勝の柳川春己選手など。思えばランのデビュー戦だった去年のこの大会では最初からトバして後半バテた。今回の目標は5分/kmでペース走をしてあわよくば4分台後半で追い上げて目指すは1時間40分切り。朝は6時に起床し7時30分に家を出た。ぼちぼち歩いて会場の水辺の森公園に行くともうかなりの人が集まっていた。受付を済ませ、辺りを探すが知った顔は見当たらなかった。浮世親父さん、S介さん、じゅんたろさんなどいるはずなんだけど、人が多くてよく分からない。結局、スタート直前に浮世親父さんに挨拶されてやっともう一人の長崎土橋塾生に会えた。午前9時に田上長崎市長のピストルの合図によりスタート。4分/km台後半〜5分/km前後のペースで走った。ただ折り返し以後はやっぱちょい疲れて追い込むことはできず同じペース、1時間45分5秒で終了。まさに5分/kmきっかり。目標最低限は達したがいまひとつぱっとしない。去年の記録を見てみると1時間55分33秒だから10分30秒の短縮。帰って飯くって昼寝した。この日の夜は浮世で打ち上げ宴会なのに、夕方から仕事(当直)だよ、あーあ。

10月は快調だったのだけど、10月21日から職場のシャワーが使えなくなって自転車乗ってない。

2010長崎ベイサイドマラソン その他の写真

追記(S介さん タイム1時間23分04秒、33位/1667、浮世親父さん タイム1時間40分17秒、同日福岡シティマラソンにてOkuくん1時間38分)

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